Dr.アウルの開明☆『訪問紀行18』 東進衛星予備校 鳴海駅前校

再開発により、子どもがのびのびと育つ魅力的な街=鳴海

こんにちは!Dr.アウルの開明訪問紀行。今回は、名古屋鉄道名古屋本線の鳴海駅にある東進衛星予備校 鳴海駅前校を紹介するぞ。再開発で利便性が目覚ましく向上!一帯は天白川が流れるゆるやかな丘陵地で、大高緑地公園をはじめ公園や緑地が多く残る。ファミリー層が多いだけに、保育環境も充実している。

認可保育所は45カ所と市内最多で、今後の再開発により、子どもがのびのびと育つ魅力的な街で子育て世帯からの人気はますます高まりそうだ。

鳴海球場:日本で初めてのプロ野球の試合

ここ鳴海は、昭和11年(1936年)に日本で初めてプロ野球の試合が行われたことを知っていたかな。名鉄はモータリゼーションの発展と共に免許取得人口の増加を見込み、球場経営の撤退と自動車学校経営着手を決定して昭和33年(1958年)に鳴海球場は50余年の歴史にピリオドを打ったのじゃよ。


現役最強力士である白鵬が!

東海道鳴海の宿は江戸から40番目の宿場町として当時としては、賑やかな町であった鳴海、歌川広重の「東海道53次」にも描かれいる。鳴海八幡宮、成海神社、浅間社などがあり、いずれも格式の高い立派な神社じゃ。

古い歴史があり松尾芭蕉もしばしば訪れた古い歴史を感じさせる駅裏を散策していた時に、目に入って来たのが白鵬のいる宮城野部屋の幟。まさか~と思いながらも浄泉寺の山門をくぐったその時Σ(・ω・ノ)ノ!

大相撲第69代横綱にして、現役最強力士である白鵬がいるではないか!

これにはわしもびっくり!!圧倒的な存在感、彼の軀の動きに沿ってあたりの空気が振動する。均整がとれたエネルギーを放つ美しい肉体。さすが横綱。他に若手力士を寄せ付けないオーラを放つ。さすがのわしもしばし呆然として見とれてしまったのは言うまでもない。

旧街道には老舗の鰻の有名店もあり、街の雰囲気も風情たっぷり。ずいぶん良い思いをさせてもらった。

大横綱といえども、稽古に余念がない。入門当時身長175cm、体重68kgだった身体も今では身長192cm、体重158kg。

「夢は大きく、目標は高く」この記事を読んでくれているキミたちも、土俵は違うが練習に練習を重ねて大きく育ってほしいものじゃ。


学力の差は時間の差

わしたちの頃に比べて、今の高校生は学校に部活、習い事にプライベートと本当に忙しくしいというのが現状だな。睡眠や食事などの基本的な生活の時間、学校にいる時間を除くと、高校生は本当に自由に使える時間は意外に少ない。

結局、限られた時間をどうコントロールするかが大学受験のポイントになる。

鳴海駅前校は名鉄鳴海駅を出て1分の利便性が高い校舎で、東進生には毎日校舎に通うことを習慣にさせているそうじゃ。登校率は成績上昇の根底にあるものだ。

校舎長の阿部先生キミたちの強い味方だ。毎回東進や学校で受けている模試は志望校合格への道標と言う。

自己採点をして間違えたところをしっかりと理解する、怪しいところがなくなるまでやってみる。

また、授業で使っているテキストを照らし合わせて復習するなど模試一つでもやり方によっては得られるものがかなり違ってくるので、忙しく時間が無い時こそ効率の良い勉強を意識してやっていって欲しいもの。受験勉強に少しでも不安になっているのならぜひ校舎見学に来てほしい、悩みを抱えている暇もないぞ。

“自分を信頼し、自分の価値を認める”

担任助手の奥村祐太先生にインタビューしました。高校生たちに伝えたい事としてきっぱりと、

 

受験とは「自分を信じること」と言い切った。

 

また、自分に自信のない生徒ほど根拠のない自信で自分をごまかしている生徒がいることに警鐘を鳴らす。

 

大切なことは、先ずは自分を客観的に見て、信頼に足りる自分であるか、ということです。好きなことなら人一倍、嫌なことからはいつも逃げている。そんな自分が好きですか?信じることができますか?厳しい目で今の自分を見てください。問いかけてください。

 

己を知ることからすべてが始まります。

 

自分を正直に映す鏡がテストの結果です。出来・不出来を知ることで自分の状況が把握できます。

 

出来る問題は明確な自分の力、出来ない問題が自分の不足している力。その欠けた部分を補って正常な状態に戻していく単純作業が受験勉強。

 

テスト結果は病院で例えるのなら、健康状態を表すカルテです。その結果次第で簡単な治療と薬で改善するのか、それともメスを入れて手術しなければならないのか、必要なのはプロの適切な診断結果に基づいたアドバイスです。その為すべき指針を示すことができるのが私たちの役割です。

 

信ずるに足る自分づくり

どのような結果であっても、大事なことは健全な状態に早く戻すことです。「自分を信じる」ということは、改善しなければならないことに対して、逃げずに懸命に改善する為の取り組みができるのか、それともその場のご都合主義でやらなければならないことから逃げ回っている自分なのか。好きなことは人一倍、嫌なことからは逃げ回る、そんな自分が好きですか?信じることができますか。

 

明確な目標を掲げて、それに向かって今為すべき事に潔く真摯に向き合い、困難なことでも、目を背けずに挑むことのできる、そんな自分なら、きっと自分が誇らしく頑張っている「自分を信じる」ことができるはずなのです。

ですから、信ずるに足る自分づくりから受験が始まると考えてほしい。その思いが冒頭の受験とは「自分を信じることから始まる」ということなのです。

自信がない人に贈るスティーブ・ジョブズの名言

 

MACやIPHONEで有名なAPPLE社を立ち上げた天才、スティーブ・ジョブズ。

 

そんな彼が残した

「自信が付く名言」をここに紹介しよう。

◆ 点と線

今やっていることがどこかに繋がると信じてください。その点がどこかに繋がると信じていれば、他の人と違う道を歩いていても自信を持って歩き通せるからです。

 

東進の先生は、定期テストや模試の結果から、キミの今やるべき事をプログラミングしてしっかりエスコートしてくれる。先生と共に、自分の苦手分野を把握して志望校合格に向けた弱点補強・実力強化の為の必要なプロセスを示してくれる。迷うことなく、一歩一歩つなげていったら良い。今日よりも明日。明日より明後日、すこしづつ成長すればよいのだから。迷った道を歩むのは良くないぞ。他人と違う道を歩んでいても恐れずに、自分を信じて。

◆ マネをさせるな=独自性を大切にする

絶対にマネのできない、マネしようとすら思わないレベルのイノベーションを続けろ。自分の個性を伸ばせ。自分に自信を持って素直に生きればそれが誰にも真似できない武器になるはずだ。

 

「好きなこと、楽しいこと、得意なことをみつけて、それを伸ばそう。どんなことでも、一生懸命に頑張れば個性がが磨かれる。ナンバーワンにならなくてもいい、もっともっと特別なオンリーワン(^^♪って感じで。簡単に言うと長所を伸ばすってことじゃ。」他人の目を気にするのは自信のないあらわれだぞ。

◆ 他人の意見

 他人の意見で自分の本当の心の声を消してはならない。自分の直感を信じる勇気を持ちなさい。他人の意見はどこまで行っても参考程度に。メンター(師匠)の意見は愚直に素直に聞く必要があるときもありますが、自分の頭で考える事を忘れてはいけません。自分に自信を持って素直に生きればそれが誰にも真似できない武器になると思います。何より受験に対してぶれない自分を形成して欲しい。

次にどんな夢を描けるか、それがいつも重要

「スティーブ・ジョブズは「初心」や「直感」等、自分の「心の声」を大切にした人物だ。そんなジョブズ言葉を聴いて自分に自信を持って欲しい。終着点は重要じゃない。旅の途中でどれだけ楽しいことをやり遂げているかが大事なんだよ。次にどんな夢を描けるか、それがいつも重要なんじゃとわしは思う。

 最初は根拠が無くても良い。自分を信じてあげましょう。そしてその道を進み続けましょう。その道は必ずどこかに繋がっているのじゃ。


開明グループは三重・愛知・埼玉に18校舎

開明グループ・東進衛星予備校は三重・愛知・埼玉に17校舎を展開する。

スタッフの教育に対する情熱と熱意ある指導と包容力。

どの校舎も立地が良く施設・設備の充実さ、清潔さ。

どれをとってもスケールが大きくすばらしいものじゃ。

地元高校生を中心にたくさんの高校生たちが大学現役合格を目指して日々努力を重ねて通っている。

最新にして最高の教育を提供する東進衛星予備校の仕組みは信頼に足りる。

そして未来の〝人財〟への歩みをリードする強い思いにあふれた開明グループ・東進衛星予備校のスタッフ。

「一生懸命」 「継続は力」 「創意工夫」

開明グループ・東進衛星予備校が実践している

 

「一生懸命」⇒集中して行うこと

「継続は力」⇒目標に向かって粘り強く地道に努力すること 

「創意工夫」⇒どうしたら解決できるか?もっと適切な方法はないか?と常に自分に問いかけること。

 

これは学ぶ生徒のためだけにある言葉ではなく、そこで働く開明・東進衛星予備校のスタッフにとっての自己研磨の言葉だそうだ。

わしは、志を高く夢を大きく持って通う生徒たちの為に、日夜研鑽する開明グループ・東進衛星予備校を心からリスペクトし、熱く熱く応援するぞ!

 

東進衛星予備校 鳴海駅前校 の皆さん、お忙しい中訪問させていただき感謝しています。

これからも未来を担う子どもたちをよろしくな。

 

Dr.アウルもまだまだ努力して頑張らねばと校舎を後に飛び立つのであった。