Dr.アウルの開明東進☆『訪問紀行18』 東進衛星予備校 津駅西口校

5月に新規移転オープンしました!

こんにちは!Dr.アウルの開明東進訪問紀行。今回は開明グループ・東進衛星予備校の中でも一番古く歴史のある津駅西口校にお邪魔させていただいた。東進津駅西口校は津駅西口を出てすぐ、偕楽公園の隣にある静かな環境にある校舎じゃ。津は、日本一短い駅名で「つ」とだけ書かれてある駅名標を見ると実感がわくぞ。


現在の津の町の礎をつくったのは、藤堂高虎。

津駅はJR紀勢本線と近鉄名古屋線が相互に乗り入れていて、駅舎の東側はJR、西側は近鉄となっている。三重県の津市は、県の中央部に位置する県庁所在地である。平成18年1月1日に近隣の10市町村と合併して、人口29万2千人を擁する新しい津市が誕生した。

三重県の県庁所在地「津」とは、港を表す普通名詞。中世には、安濃津は日本を代表する国際港湾都市だった。中国の歴史書にも、博多(福岡市)、坊津(ぼうのつ、鹿児島県南さつま市)と並んで、「三津」の1つと書かれたほど発展していたのだぞ。

1608年に伊勢・伊賀国に初代津藩 藩主として転封。城下町、宿場町として現在の津のまちの礎を築いた。戦国武将の藤堂高虎が治めた32万石の城下町じゃ。

「伊勢は津でもつ 津は伊勢でもつ 尾張名古屋は城でもつ」

津が栄えるようになったのは、お伊勢参りのお陰だと言われておる。その仕掛けを作ったのが藤堂高虎なんじゃ。

藤堂高虎は「高虎は身長が6尺2寸(約190cm)、体重が約30貫(110キロ)近くあったそうな。近江国犬上郡藤堂村(のち在士村・現在の滋賀県犬上郡甲良町)出身の戦国武将で多くの武将に使え、関ヶ原の戦いの功が認められ、伊予今治20万石を与えられ、1608年に伊勢・伊賀国に初代津藩 藩主として転封。城下町、宿場町として現在の津のまちの礎を築いた。

織田・豊臣・徳川を含む10人の主君に仕えた

『忠臣二君に仕えず』が武士道の本分ならば、その逆を生きた戦国武将だったことになるのぉじゃが、なんと高虎は側近に”武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ” とも豪語したというのじゃ。高虎は姉川の戦いをはじめ、賤ヶ岳の戦い、文禄の役、慶長の役、関ヶ原本戦、大坂冬の陣、大坂夏の陣など歴史上名高い合戦にすべて参戦して手柄を立てている。単なる口先だけや才覚だけの世渡り上手ではなかったようだ。戦さだけでなく、高虎は加藤清正と並んで築城の名手でもあった。宇和島城・今治城・篠山城・津城・伊賀上野城・膳所城などは彼の手によるとされている。


開明グループ・東進衛星予備校の1号店

平成6年1994年7月開校

冷戦の終結を受け、国際社会の新しい平和と繁栄の枠組みの構築が続けられるなか、F1レース中にアイルトン・セナが事故死、オウム真理教による松本サリン事件があったり1994年は一つの時代の転換期だった。ネットや携帯は全く普及しておらず、当時のコミュニケーションツールは『ポケベル』で、公衆電話から番号で10数文字の文章を送って楽しむような時代じゃ。当時の女子高生が公衆電話に列をなしておったぞ。そんな時代に誕生したのが、開校24年目の東進衛星予備校津駅西口校なのじゃ。

 

校舎にお邪魔した時間が夕方だったこともあり、たくさんの生徒さんたちが集っておった。

担任の先生は個人レッスン、また助手の先生方も当校の受付をしたり、また質問に対応していたりと忙しくされておった。

津駅西口校はとにかく志望校合格という目標に向かい、近隣の学校の生徒たちが仲間同士、切磋琢磨しながら全力で勉強に取り組む校舎だと話していただいた。また、津駅西口校や、在籍している生徒さんたちが通う各学校を卒業した先輩たちがスタッフとして多く在籍していて、後輩の指導にあたっているのも特徴だそうじゃ。

『勉強を通じて 人格を形成する』事もモットーに日々、熱く誠実に指導を行っております。また、毎日常駐している地元大学生の質問応対も的確で頼りになる存在。

「大丈夫、なんとかなるさ!」 まだ起こってもいないことで苦しまないで! 担任助手の先生

ついつい悲観したり、物事を悪いほうに考えてしまいませんか。私も受験生の時、「失敗したらどうしよう」「上手くいかなかったらどうしよう」って、まだ起こってもいないことを考え、落ち込んでいた時がありましたと、はにかみながら笑顔で話してくれた担任助手の先生。

 

どうしてもテスト前になると悲観的になった自分を、いつもそばにいて励ましてくれたのが東進のスタッフさんでした。

 

勉強に行き詰ったとき、また両親や仲の良かった友達との心のすれ違いなどで落ち込んだ時に、心から信頼できる人が一人でもいれば、あなたにとって大切な言葉を聞けると信じています。意識して自分以外の人の意見に耳を傾ける余裕を持っていれば何とかなることばかり。

 

皆さん知っていましたか?

 

お馴染み、とんちで有名な一休さんが、亡くなる直前に、三巻の巻物を弟子たちに遺しました。

 

一巻目 ・・・ 大丈夫 

二巻目 ・・・ 心配するな 

三巻目 ・・・ なんとかなる (笑)

 

この記事を読んでくれている高校生のキミたち!東進衛星予備校津駅西口校は、とんちはありませんが、抜群の大学合格率を生み出す学習システムと、頼りになるスタッフがキミたちの夢の実現に向けて強力に後押しします!!


なんとかなるものではなく、なんとかするものであることは今も昔も変わりません。

複雑な世の中だからこそ、物事をシンプルに、楽観的に考えるセンスは必要じゃの。でも、人生はなんとかなるものではなく、なんとかするものであることは今も昔も変わりはない。

 

今のまま自分の人生を人まかせにしていたら、もったいないし、リスクを避けているばかりでは、もっとダイナミックに生きられるはずのキミたちの人生が、薄っぺらなものになってしまうぞ。

もっと自分の変化や周囲の人と柔軟に関わり、いろいろな経験をもって人生を織り上げていく、そんな生き方をして欲しいものじゃ。

 

受験勉強を本格的に始めたいキミ!、志望校がまだ決まらないキミ!、勉強が全然手につかないキミも、一度津駅西口校に校舎見学に来ればよい。何とかなるさ(笑)

 


開明グループ・東進衛星予備校は三重・愛知・埼玉に18校舎

開明グループ・東進衛星予備校は三重・愛知・埼玉に18校舎を展開する。

スタッフの教育に対する情熱と熱意ある指導と包容力。どの校舎も立地が良く施設・設備の充実さ、清潔さ。どれをとってもスケールが大きくすばらしいものじゃ。

 

地元高校生を中心にたくさんの高校生たちが大学現役合格を目指して日々努力を重ねて通っている

最新にして最高の教育を提供する東進衛星予備校の仕組みは信頼に足りる。そして未来の〝人財〟への歩みをリードする強い思いにあふれた開明・東進衛星予備校のスタッフ。 

 開明グループ・東進衛星予備校が実践している

「一生懸命」⇒集中して行うこと

「継続は力」⇒目標に向かって粘り強く地道に努力すること 

「創意工夫」⇒どうしたら解決できるか?もっと適切な方法はないか?と常に自分に問いかけること。これは学ぶ生徒のためだけにある言葉ではなく、そこで働く開明・東進衛星予備校のスタッフにとっての自己研磨の言葉だそうだ。

わしは、志を高く夢を大きく持って通う生徒たちの為に、日夜研鑽する開明グループ・東進衛星予備校を心からリスペクトし、熱く熱く応援するぞ!

 

東進衛星予備校 津駅西口校 の皆さん、お忙しい中訪問させていただき感謝しています。これからも未来を担う子どもたちをよろしくな。

 

Dr.アウルもまだまだ努力して頑張らねばと校舎を後に飛び立つのであった。