散る別れこそ/悲しかりけれ

すっかり親しんだ桜

”散る別れこそ悲しかりけれ” ながむとて/花にもいたく/馴れぬれば/散る別れこそ/悲しかりけれ(西行)の心境です。春の訪れに花を添えてくれた、桜との別れが少し寂しく感じられます。

そんな中、大半が遅咲きの八重桜のため、まだまだ見頃を保って桜の名所として知られる大阪造幣局桜の通り抜けが4月17日まで開催されます。

明治時代から続く春の恒例行事で、長さ560メートルの並木道で八重桜を中心に131350本の桜を見ることができます。

 

花見=宴会というイメージを持つわたしなのですが、花見で泥酔するのは無粋というもの。ほろ酔いで桜に酔うのが風流な花見酒。コンビニ弁当を重箱に詰め直すだけでも雰囲気満点の花見弁当に。

 

風呂敷を使うのも素敵な演出です。ビニールシートではなく花ござを敷けば、桜の根本にも優しくて情緒たっぷり。ちょっとした会話にも「桜ことば」を散りばめたら、もう完璧です。


知っていますか?葉桜と呼ばれるさくらの葉は食べられるんですよ。

 

木の樽に平たく重ねて塩漬けにしたものを、さくら葉(さくらば)と呼び食用として利用します。和菓子の桜餅には欠かせません。他にはアイスクリーム、クッキーなどに混ぜ香り付けの材料として使用します。さくら葉の香りの成分は芳香属化合物のクマリンと呼ばれる精油成分に由来します。生の葉ではあまり香りはしませんが、塩漬けされることでその香りが出てくる訳です

🌸桜ことばの例🌸 *花時:見頃 *花盛り:満開 *桜狩り:花見に行く* 零れ桜:満開になって散る桜 *桜吹雪:花びらが舞い散るさま *桜影:水辺の桜が水面に映る様子 など


さて、潔く散ってゆく桜の花、このような美しい花とともに逝くことができたら、そう願ったのは平安時代末期の歌人、西行法師です。

願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ

西行と言えば、若かりし頃は北面の武士として院を護衛し、出家後は各地を巡って多くの歌を詠みました。その一つは、中3国語の教科書のなか、「万葉・古今・新古今」にも出てきます。西行の歌は、後鳥羽上皇の勅令で藤原定家らが編集した『新古今和歌集』に、最も多い94首入選しています。また、彼の生きざまは江戸時代の俳聖・松尾芭蕉に大きな影響を及ぼしました。西行は、詠んだ歌のとおり旧暦の如月(新暦では桜の花が咲くころ)に生涯を終えるわけですが、その生きざまに当時の人々はいたく感動したようです。恥、責任、潔さ、これらの心的要素に生きざまの美しさを感じるのかもしれません。

「花は桜木、人は武士」

と昔の人は言ったそうです。まだ桜と別れるのは名残惜しいですが、葉桜を見ていて、ふと、そのようなことを思いました。

 

最後に、葉桜は初夏(夏)の季語になります。

英語では、「a cherry tree in leaf

 

 

 

名残惜しいですが桜の季節はもう終わりですね。だんだん桜に葉っぱができてきました。